Categories
ライフスタイル

連載 独立開業までの道のり(第11回)

~力になれなくて ごめんな~

「この連載は新卒で就職に失敗し20年以上に及ぶ試験勉強生活の末、
税理士・社労士資格を取得し苦節46歳にしてようやく悲願の個人事務所開業を
果たした男の資格取得を決意してから独立開業までの壮絶な過程を
複数回にわたって投稿していくものである」

Back in 2014

退職を決意した日の夜、事務所の先輩に近日中の仕事帰りに
時間をとってほしい旨のメールを送りました。
文面から少し困惑したような反応でしたがOKの返信が。

先輩とは入所以来ずっと二人体制で担当していた顧客もあり
自宅の最寄り駅も一緒だったため毎日、退勤後は一緒に帰っていました。

話題の大半はプロ野球やスポーツに関する雑談がほとんどで
仕事上の悩みを神妙に打ち明けることはほぼありませんでしたが
この日はいつもとは違う様子に薄々気づいていたのか帰りの道中でも

「結構、重要な話?」

とたびたび聞かれました。

駅前の喫茶店に入った後、雑談もそこそこに

「事務所を辞めることに決めました」

と単刀直入に本題を伝えました。

聞いた直後は例の大喧嘩の様子を見て愚痴を聞いてほしいくらいの
思いだったようで

「どんな仕事でも多かれ少なかれ嫌な思いをする時はある」

と早まったマネはするなと訴えかけたいばかりの反応でした。

しかし、問題の発端から現在に至るまでの過程やそれに伴って
所長から受けた対応を包み隠さず話し

「今の環境を投げうってでも辞めたい」

と決意を伝えるとこれまでの精神的な苦悩を理解してくださいました。

ショックを受けていた様子は明らかでしたが雑学とユーモアに溢れる
先輩らしく時には野村克也氏の名言に状況を例えながら今の自分の心境を
おもんぱかっていただき小一時間との予定でお誘いしたのが気づけば
2時間半近くに及んでいました。

最後に席を立つ前に先輩が一言

「力になれなくてごめんな」

先輩には入所以来、実務はもちろん顧客との対話の仕方や振る舞いを
身を持って指導いただきました。
事務所で飲み会があった後は2次会と称して先輩行きつけのスナックに
二人で行くのが定番となり場を楽しみつつさりげなく仕事上のアドバイスを
くれたりと自分にとっては一番身近な兄貴分でした。
そんなお世話になりっぱなしの先輩が謝る理由などまったくありませんでした。

逆に恩返し一つ出来ないどころか自分がしっかり筋を通さなかったばかりに
このような事態となりただただ申し訳ない気持ちでいっぱいでこみ上げてくる
想いを抑えることが出来ませんでした。

先輩と話し合いをした喫茶店ルノアール。帰るころには雪が降りだしていました。

それから数日後、いよいよ所長に退職の話をする日となりました。
退勤時間を迎え先輩には話をすることを事前に伝えていたので一足先に
事務所を後にしていただきました。

直前まであの最初に勤務した事務所を退職した日の罵倒された
忌まわしい記憶が蘇り不安でいっぱいでしたが

去り際に先輩と目が合った際

「頑張れよ」

と後押しされたようで、ようやく踏ん切りがつきました。

所長と所長の奥さんと3人だけになったところで
まずは幾度とない言い合いの件を改めて謝罪した上で
事務所を退職したい意向をお伝えしました。

これまでの経過からおおよそ予想がついていたのか、
あるいは唐突すぎて言葉を失ったのかどちらかは分かりませんが
特段取り乱した様子はなくまずは一言

「そっ…」

とポツリ

その後も淡々と話は進み

「居続けた方があなたにはいいと思うよ」

とは言われたものの感情は込もっておらずどこか冷めた口調。

初めて面接に来た時に感じた熱意はもうどこにもなく
結局、今の事務所に自分が戦力として必要とされていると思える
言葉を聞くことはありませんでした。

退職日は所長に一任することを伝えたうえで他メンバーへの
公表と後任への業務の引き継ぎ開始は確定申告期が明けてからにする
ということで退職が了承されました。
時間にして30分もかからず話し合いは呆気なく終わりました。

最初に口論となり所長の逆鱗に触れた時点で退職への伏線の芽は
すでに吹いていたのだと思いますが、結論が出たことで長い間続いた
葛藤の日々にようやく区切りがつくことになりました。

つづく